ホームページをリニューアルすることに寄せて

象と太陽のこと

 

思いつくまま更新に更新を重ねて、もはや迷走状態に陥りつつあった、僕たち象と太陽社のホームページを整理すべく、ようやく重い腰を上げることとなった。
ちょうど季節は雨が続く6月の半ば。良い時期だ。
今年は特にコロナウイルスの影響もあって、雨が続きの日は、一通りの仕事を片付けると少し日中から自由時間ができていたのだ。
その時間潰しに、とまでは言わないが、時間の有効活用として手を付けることとした。
それに、同じ島に住む友人からも、もう少し上手く商品を売れるような形を考えた方がいいとアドバイスを貰っていたし、(多分、僕たちの生活や、臨場感みたいなのが伝わるような仕組みを考えた方がいいというようなアドバイスだろうと僕は捉えてるし、実際、子どものように大事に育てたハーブ達の、バックグラウンドを知って買ってもらえるに越した事は無いのは言うまでもない。)何より、このコロナウイルス騒ぎがあってからは、幸か不幸か自分たちの生活の選択を再評価できる機会が多くて、これを伝えない手はないと思ったのだ。

当たり前だけれど、ここ男木島に移住するにあたり、少しでも自分たちの理想のライフスタイルが実現できるようにと熟考した。
しかしながら、前より良くはなったといっても、僕たちも人並みに悩んできた。
家族、教育、医療、収入、仕事…数え上げれば切りがないくらいだが、そういった悩みもチャラになるような出来事が、恥ずかしながらコロナ騒ぎだったのだ。
僕たちはコロナの騒ぎの間も比較的安定して、安心して自分たちの自由を謳歌できていた。
食べ物も豊富にあり、外界と閉ざされた島の中ならマスクなしで自由に走り回ることができた。
その結果、僕たちの生活に対しての僕たちなりの株が上がったというわけだ。
そのことは、このホームページに書いていく内容も以前とは少し趣が違うものになる大きな理由となった。
とりわけ、僕たちの生活や挑戦してること(失敗の方が多い)などなど、をたっぷり綴っていこうと思っている。
なぜなら、僕たちの生活をひとつの生き方サンプルとして公開することで、もしかすると必要とする誰かに届くかもしれない。
そして、そっと彼、彼女らを後押しすることが出来るかもしれないし、そうなったらとても光栄だと思うからだ。
もちろん、商品だって今より売れてくれたら嬉しいけど、何より僕たちにとってプライスレスのおまけが付いてるホームページにしたかったのだ。

さて、今更ながら、なぜ男木島に移住したかここに記そうと思う。
島暮らしも、はや5年目に突入しているが、いろんな取材の場や、初めて会う人からは決まって「なんで男木島に移住したのか?」と聞かれる。
多分、悪意のない誰もが抱く疑問なのだと思う。
しかしながら、返答がとても難しい。
別に答えたく無い訳でもなく、意地悪くしてみせてるのでもない。
近代において市民が勝ち得た、居住エリア選択の自由と言う偉大な権利を行使するに至ったプロセスを初対面の人に正確に話せる巧みな話術を僕は持ち合わせていないだけなのだ。
実際、手短かにしゃべって記事になった後に後悔したというような経験は少なくない。
だから、そういう時の便利なアイテムとして、このブログを残しておきたいのだ。
これで、「移住した訳はブログに書いてあります。」と言えば事足りる。
便利な世の中だ。

前置きが長くなったけれど、とにかく僕たち家族は2016年の5月に京都から男木島に引っ越した。
都市と田舎。経済。収入。消費。家を持つということ。自然災害のこと。自然環境のこと。放射能や農薬、添加物、化学物質など食や生活の安全のこと。子育てのこと。仕事のこと。僕自身の体調のこと。その他もろもろ(また順を追ってブログに書いていこうと思っている)理由はあるが、簡単にまとめると生活リスクを最小限に減らす選択をした。
こうしてみれば僕たちはかなり保守的な考えに基づいて移住したことになる。
僕たちから言わせれば、生活のすべてをほぼ他者に委託している都会生活ほどギャンブル性に富んだパンキッシュな生き方は無いのだ。

もう一つは、自分に何ができて何ができないのか。立ち位置をしっかり分かっておく必要があると思ったからだ。
例えば、僕は机の上に置かれたボウルの中のサラダに入っているレタス一片でさえ育てられない可能性があるのだ。(あるいは育てられる可能性がある)それくらい生き物として生きていく能力がどれくらいあるのか未知数だったのだ。
なんだか海に浮くクラゲのような気分がする状態で日々を送っていた。
にもかかわらず、目の前に居る子どもに、食の重要性を訴えるべき存在として有ることに途轍もない違和感に苛まれていたのだ。
僕たち家族は人類が積み重ねてきた文明や叡智を利用し更新して生きてゆくことができるのか?
はたまた、文明の表層を泳ぐようにしてその波に流されながら生きてゆくしかないのか?
この移住はそれを知る為でもあったのだ。

このようにして、衣食住、一つ一つの確認作業をしながらの生活がスタートした。
古民家を手入れし、いろんな人に多くを助けてもらいながら、トイレを作り、薪風呂を作り、美容室を建て、ハーブ園を作り、畑を整備し、ソーラー発電を作り、小さなバールを建てて今に至った。

僕たちは今、島の自然を極力壊さないよう、共存できるよう気を配りながら生活をしている。
思いっきり楽しみながら、でも爪痕は残さないようなタッチでこの島の大地に触れてゆきたいと思っている。
自分の手と、島で採れたハーブで人をきれいにする美容室の仕事はとても心地良く、自分たちで育てたハーブや野菜を使うバールの仕事も楽しい。
今後やりたいことも数えきれないくらいある。
子どもたちは元気に育っていて、妻も子育てこそ大変そうではあるがすこぶる元気でいる。
そして、海の音を感じながら一日中土に触れ、全身が泥と汗にまみれ、夕方には動物のようなにおいを発することのできる、(子どもを抱っこするとくさいーと騒がれるのだ)そんな生活スタイルは僕に大きな満足感を与えてくれている。
ひとまず上々と言ったところだろう。

僕は一人の動物として何とかやっていける自信を掴みつつある。

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