大人の本気の夏休み。自然と子どもが教えてくれた大切なこと。その二

家族みんなで畑に海に。
満天の星空のもと眠りについて暮らす日々。
遊びつくして楽しみつくした後、僕たちはいったい何を手にしたのか?
これからの暮らしに大きく影響を与えてくれるであろう、たくさんの学びの総まとめ。
その二 ”お金が無くてもかなり幸せに生きていける!!”

コロナ禍を機に、お金のこと、暮らしのこと、幸せについて、そういったこれからの生き方について一旦何もかもをストップして整理してみる必要があった。
そして、大半の時間を家族や子どもたちと遊ぶこと、土に触れ、陽に焦がされ、食べ物を作ることに費やした。
現金を得る仕事は必要最低限。
にもかかわらず、不安も焦りもなく、人生史上最大にのびのび暮らすことができた。
答えは簡単。
食べ物がそこにあり、食べて行ける安心感があったからだ。
自分達で賄えた野菜もあれば、島のみんなに分けてもらった野菜や、魚や肉もある。
本当にありがたい話だ。
逆にお金に関しては、あればあるほど、欲や焦りが付いてくるような気がする。(もっとも、これはまだまだ人間が出来ていない僕に限ってなのかもしれないが、、、)
しかしながら、豊富に食物を確保できた時の安心感は格別だ。
これは、動物としての本能なのかもしれない。

さてそこでお金の話。
今、日本にあるお金の総量は、約600兆円と言われている。
そのうちの2割ほどが、実際の通貨として世に出回っているみたいだ。
お気付きの方も多いと思うが、ほとんどのお金は存在せず、通帳やパソコンの画面上のただの数字でしかないというのが現実だ。
僕たちが預金するたびに、銀行は預金額の何倍もの金を貸し付けに回すことができる仕組みになっている。
鼠算式にお金が増えていく、膨らむしかないマネーゲームだ。
なので、全員が一斉に預金を引き出そうとすると、世界は破綻する。
危うい信用だけで成り立つ綱渡りなのだ。
そして、今後よりいっそう通貨の流通量は減ってくると予想される。
そう、われらが待ちに待ったキャッシュレス社会の到来だ。
紙幣や硬貨を作る原料の枯渇もその一因だろう。
ただ、やはりそれ以上に、キャッシュレス決済を採用する大手企業の成長にに大きく旗が振られているような雰囲気を感じるのは僕だけだろうか?
キャッシュレスの危うさは、購買と言う行動と個人情報が紐付けられるところにある。
(専門家でもない僕が言うと、さまざまな理論的な綻びが出てきそうだが、直感的にそう感じるのだ)
ある面から見ると便利に映るこの仕組みだが、これにより、買えない人、買えない物、売れない人、売れない物が多く出てきそうな気がしてならない。
生命にとって、エッセンシャルなものになればなるほど、利権が絡み、様々な権利が無いと売り買い出来なくなってくるだろう。
安全な食物や種などは格好の餌食だ。
世の中の表舞台から良心的な品物が一気に減っていくだろう。
そして良いものには破格の値が付くようになる。
市場は、より、工場ラインで作られた死んでるような食べ物や、味気の無い商品ばかりになり、土や微生物や、作り手の想いを感じることのできるものは少なくなるのではないかと思う。
簡単に言うと、良いもの、より必要とされるものはお金で買えなくなるのではないかと思っている。

だからこそ、これからは与え合いで繋がる社会やコミュニティーに身を置くことこそが、幸せを担保してゆける条件だと思うのだ。
資本主義経済から、ギフトエコノミーへ。
人間は本能的に、与える時にこそ喜びを感じるように出来ている。
より幸せを感じる経済システムを選択してゆく時ではないだろうか?
もちろん、金銭的な意味での経済だけでなく、自然環境においてもだ。
お金で買えるもの、お金で買うべきではない物。
自分で作るべきもの、みんなで与え合うべきもの。
きっちりと区別して、すべてをうまく使って生きてゆくべきなのだろう。

その三につづく。

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