僻地離島の美容室が何故潰れないのか。

海とひなたの美容室


この島に来て5年になるけれど、僕たちの美容師としての仕事について初めて書いてみようと思う。
そもそも、あまり美容師の仕事に触れてこなかったのは、(畑のことばかり書いてたからね。)僕自身が美容の仕事への熱量をキープできずにいた為、そして、この僻地離島においてどのようなスタンスで美容師を続けていくか決めあぐねていたからだと思う。
今のコロナ禍の状況になって、コミュニケーションやコミュニティーの大切さが問われる中で、美容師の仕事が大きく変わった気がしたのだ(少なくとも僕たちは)。
そのような事がもう一度美容師としての自分たちを見つめるきっかけになったのだろうなぁなんて考えている。

僕と妻は結婚を機に京都に美容室をオープンして、自分たちで生計を立て始めた。
妻がヘアカッター、僕がヘアカラーリストと言う役回りで、10坪ほどの手のひらサイズの店ではあったけれど、それなりに上手くいっていた。

そんな矢先に僕が倒れてしまったのだ。
僕は主にヘアカラー剤などケミカル薬剤を専門に扱う職種だったので、大量のケミカル薬剤に曝露されてきたことが主な原因だった。いわゆる化学物質過敏症と言うやつだ。
2年間にわたりほぼ仕事ができずに家の中に引き籠って闘病生活を送った。
病院に行っても治療法は無いどころか、西洋医学であれ漢方であれ、薬と言う薬に反応して余計酷くなるのだ。ケミカルの香料で気絶しそうになるので、バスや電車に乗ることさえ厳しい時があった。本当に厄介な病気だ。
どんな馬鹿でも2年も動けずにいると、自分の身体の事を勉強しだしたり、今までの自分の行動に疑問を持ち始めるものだ。僕も漏れもせずその仲間だった。
自分が安全と謳ってお客さんに推奨してきたケミカル薬剤の人体への影響や、そのメカニズム。そして環境への負荷。また、そのアフターケアや解毒の難しさを身をもって体感した。
感受性に個体差はあるにせよ、環境負荷という面で見ても、決してプラスのものではないのだ。

にっちもさっちも行かない2年の月日が流れた後、何とか妻が切り盛りしてくれてた店を完全にノンケミカルのヘアサロンに変えて再スタートさせた。
このお店もまた、都会のオアシスのようにそれなりに人が寄って行ってくれて上手くいった。
闘病からの数年間で僕たちのライフスタイルや趣味嗜好はころっと変わったのと、自分たちには何だって出来るという自信を手にした。
その代わりと言っちゃなんだけど、美容に対する情熱や、行き過ぎた美への執着に嫌気がさしてしまった。
こうなると、もう後戻りはできない末期症状だ。

例えばシャンプーによる環境負荷にしても(身体への負荷も十分にあるのだけれど、ここでは環境負荷について触れるのみにします。だって長くなるし…)、シャンプー1回分(約4.5ml)を使った時、魚や昆虫が生息出来る水質にまで希釈するには、約200ℓの水が必要なのだそう。(環境省、生活排水読本「家庭排水の汚濁負荷と生活排水対策」より)
一人の人間が生まれてから80年間、毎日シャンプーをする事で、約130ℓの石油製品を使用し、そのリセットに約600万リットルの水を使う計算になる。僕たちは排気ガスをまき散らしながら走るダンプと何ら違いは無いのだ。
因みに僕たち家族はハーブやお湯でシャンプーをして暮らしている。
もちろんお店でもそのスタンスだ。これによって無駄な石油消費と、1日800ℓの水質汚染を免れている計算だ。
ハーブやお湯だけでもちゃんときれいになるし、トリートメントだってできる。
もちろんあわあわシャンプーなしでは生きていけないシャンプーLOVEさんに辞めろと言ってるわけではない。
1日減らすだけで200ℓなのだ。
こうして、生活や仕事を見直す中で見えてきたものは、僕たちの目指してたものは、程よい文化的な生活どころか、際限のない強欲生活でしかなかった。と言う結論にめでたく落ち着いた。

その後の移住への経緯はここに書くとずいぶん長くなるので、せとうちスタイルさんが取材してくれた記事を読んでもらえたらありがたい。
せとうちスタイル 2019 Vol.11

さて、話は変わるが、「こんな小さな島で仕事になるのか?」というよく聞かれる。
そこで、このブログにも質問への返答としての役割を担ってもらおうと思っている。
これでこのブログを案内するだけでよくなるので、お互いの貴重な時間の浪費と、僕のあごの筋肉の疲弊を防ぐことができる。一石二鳥の作戦なのだ。

美容師の仕事に嫌気がさして移住した僕たちではあったが、実際は不覚にもまた美容室を作ってしまったのだ。しかもセルフビルドで。
その理由の一つには、美容の技術は名刺代わりになると言うこと。
よく、サッカー選手がボール一つあれば世界中誰とだって友達になれると言ってるあれだ。
この島に縁も所縁もなっかた僕たちにとって、美容師であることは、コミュニケーションを円滑にする大きなアドバンテージになった。
それにしても、島に馴染むために店を一軒セルフビルドするほどの、遠回りの規模はさすが田舎だ。
また、闘病中、調子の良い時期を見計らって何度か東南アジアなどにボランティアに行った経験や、京都で身体が不自由な方や高齢者、養護学校を対象に行っていた訪問美容で得た経験は、僕たちの美容師ライフを幸せなものに大きく変えてくれた。特に妻はその分野にとても力を入れていた。
高齢化が進む男木島や瀬戸内の島しょ部ではもしかしたら僕たちは、相思相愛、幸せに島人美容師ライフを満喫できるかもと考えたのだ。

そこで本題に戻ろう。
僻地の小さな島に美容室がある意義の一つは、「便利さ」だ。
高齢者が多く、髪を整えるために船に乗って街に行き、また戻ってくることに大変さを感じる人も少なくない。また、身体が不自由な方であっても、島内に住んでいる僕たちなら家を訪問してサービスを提供できる。
そしてもう一つ。これは僕なりの私見だけれど、こういう離島や田舎だからこそ、多種多様なお店があることによって生活が豊かになってゆく。美容室だけで食べていけなければ工夫すればいい。お店は地域やお客を豊かにする為にあるのだ。別に経済性だけが豊かさの尺度、存続の意義ではないのだ。
島のばあちゃんの家に出向いて、色んな話をしながら髪を整え終わって、その喜んでくれている顔を見ながら感じる幸福感は何物にも代えがたい。
僕たちが仕事を立ち上げる時に一番意識してる重要なことは、「いかに儲かるか」ではなく、「地域貢献できる仕事は何か?」、「その仕事が存続できる仕組みはどういったものか」なのだ。

この島には、漁師に始まり、図書館があったり、パン屋さんがあったり、エンジニアがいて、ウェブデザイナーがいて、味噌屋さんがいて、イラストレーターがいて、多くの個人事業主がいる。みんなそれぞれ色々な仕事を試行錯誤しながらやっている。
そもそもこの島に住む人は強い。どんなことがあってもそれなりに楽しみながら生きてゆくだろう。
今後もし、「海とひなたの美容室」がなくなっていたら、それはきっと経済的な理由からではなく、社会的意義がなくなる時だろう。
そうなったら、僕たちは、また新しい何かにチャレンジしてるんだろうと思う。
「むかし島に美容室あったんだって」なーんて言いながら。

 

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